東日本大震災で被災し、取り壊される前の実家にあった台所の写真をもとに図面を引き、原寸大で再現した。そのハリボテの台所をフィルムカメラで撮影し、壁紙にプリントし、ギャラリーに仮設壁をつくり、壁として展示した。また、実撮影で使った食器や小物などは、写真を片手に沖縄のリサイクルショップやフリーマーケット、ベトナム通りなどで記憶の断片を探すように似たようなものを集めた。そのものたちは私にとって何の繋がりもなく、他人も持ち物だったにも関わらず、なぜが懐かしさと共に場合によっては記憶を思い起こさせる。
当事者か否かその土地の者かの垣根を越え、社会のシステムや歴史の記述から抜け落ちてしまうパーソナルな記憶を、時空や地域を越えて共有できる空間を制作した。
わたしたちの記憶は、そしてイメージは、自立することができるのだろうか
儚い記憶を支えるために、構造を立てる。
RENEMIA会場
フィルムカメラで撮影 壁紙にプリント、木材 撮影:嶺井健治 W500×H280×D105cm
Luft shop会場
12枚の切り抜かれたイメージを貼り付けたパネルと、RENEMIAの仮設壁に貼られた壁紙と同寸の壁紙がくしゃくしゃになり中央に置かれている。
アルバムの写真から、現実世界に引き寄せた記憶(スタジオセット)はプロセスを重ね、オブジェクトを変えることによってまたこの世界から遠く距離をとっていく。
わたしの「固有の記憶」であったはずが、「固有のなさ」をあらわしにし、そしてだれかの記憶の中に共有されていく。
もう一つの会場RENEMIAの壁面作品と同寸の壁紙
パネルにプリントした壁紙 410×410mm
撮影:大屋玲奈、崎谷かりん
掲載
BRUTUS 2023.8.10
悲惨な歴史と変わらぬ現状を捉える。沖縄から生まれる若き作家たちのアートを見逃すな!
展示について
白坂由里(Yuri Shirasaka)アートライター
ある台所の記憶
「時間」は忘却に加担することもあれば、表現する人の背中を押すこともある。
福島出身の丹治りえは、2011年に沖縄に移住してから長らく考えてきたことを、今回の個展で形にしようとしている。会場で観客は“ある家の台所”と出会う。それは、東日本大震災で被災し、取り壊される前の実家にあった台所。まず彼女は、残っていた複数の写真をもとに図面を引き、原寸大で再現した。そのハリボテの台所をフィルムカメラで撮影し、同サイズの仮設壁をつくり、壁紙として展示する。また、実撮影で使った食器や小物などは、沖縄の商店街などで似たようなものを探し集めたものだ。
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これまでは、柱や壁など建造物の躯体をモチーフとして、規格材の木材や鉛筆や絵具など画材を用いて作品を制作し、人と空間の関係を探究してきた。今回はなぜこのようにリサーチに時間をかけ、工程を重ねて新しい表現に挑戦したのだろうか。
彼女が東日本大震災に遭ったのは東京を拠点として制作していた頃だ。ある日突然日常が断ち切れたばかりか、福島の家族からは安全を期して帰らないように諭され、いつでも戻れるはずだった故郷をいとも簡単に失うという経験をした。
学生時代に沖縄で彫刻を学んでいた縁もあり、その後、再び沖縄での生活を始めた。けれど、「震災の不安や復興過程を家族と共有できなかった」という自分を責める気持ちはずっとあった。以来、沖縄を感情的にも客観的にも見つめるようになる。日常生活の傍らで、沖縄戦やアメリカによる統治、復帰の歴史が脳裏をよぎり、時間が許せば史跡や戦跡、米軍基地、それらと相対的でもあるような観光地を見て回ったりもした。けれど「沖縄に直接的なつながりがあるわけでもない自分が触れていいのだろうかと逡巡し、そうした中でも考え続け、寄り添うことが大切だと思ってきました。それでも近年の不穏な情勢を私も肌で感じるようになり、身近なところから表現できることがあるのではないかと思うようになってきたんです」と話す。
コロナ禍を経て久しぶりに帰省した彼女は、実家や親族からアルバムを借りた。沖縄に戻り、記憶を手繰り寄せるように手を動かして再現した台所だが、そのものは展示せず写真に収める。それは「台所をつくりながら、記憶が抜け落ちていることにショックを受けた」という彼女の言葉にもあるように、つかみ切れないものをつかもうとする行為を思わせる。再現した台所もやはり「実物」ではない。それでも、社会のシステムや歴史の記述から抜け落ちてしまうパーソナルな記憶を、時空を超えて共有できる空間をつくる。
つまり「仮設」とは、当事者か否かの垣根を越え、頭の中である状況をつくりだし、想像を促し、心を寄せる方法でもあるのではないだろうか。こう考えると筆者の取材という仕事の支えにもなりそうだ。一人で食べても誰かと食べても、台所は生きるための空間でもある。「Luft shop」と「RENEMIA」の2会場、その間にある国際通りや那覇市公設市場、平和通りなどを歩きながら考えてみたい。
白坂由里(Yuri Shirasaka)アートライター 千葉県在住。